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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)4507号 判決

原告 橋本ぬゆ

右訴訟代理人弁護士 斎藤兼也

同 村山芳朗

被告 岩本竹次

右訴訟代理人弁護士 古野勇太郎

主文

被告は原告に対し、別紙物件目録記載の建物を収去して同目録記載の土地を明渡し、かつ、昭和四四年一月一日から明渡済まで一か月金二、一八〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文第一、二項同旨の判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は別紙目録記載の土地(以下本件一の土地という。)を含む六六坪一合七勺(実測六六坪三合八勺、以下本件土地という。)の土地の所有者であるところ、昭和三二年被告に対し、本件土地を普通建物所有の目的で、賃借権の譲渡転貸には賃貸人の承諾を得ることおよび賃貸借契約条項に違反したときは何時でも催告を要しないで賃貸借契約を解除することができること等の約定をもって賃貸し、被告は本件一の土地上に別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という。)を所有して右土地を占有している。

本件土地のうち本件一の土地を除く実測三〇坪六勺の部分(以下本件二の土地という。)は、昭和四四年一月以前から訴外佐藤米作が転借しその地上に建物を建築して使用し、被告がその転借地代を受領して来た。

2  右佐藤に対する転貸は、被告が本件土地を賃借した当時になしたもので、右転貸の事実を原告が知ったのは昭和四四年一月である。

3  原告は被告に対し、書面で右無断転貸を理由に本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、同書面は同月二七日同被告に到達した。

4  仮りに右解除が認められないとしても、被告が長年月に亘って転貸を秘匿し原告を欺き来った所為は背徳不信の極みであるし、転貸の事実が原告に発見されるや消滅時効を主張して自己の非を認めない被告の態度は、賃貸借契約の基盤たる信頼関係を全く破壊するものである。

5  そこで原告は被告に対し、昭和四四年四月二三日到達の内容証明郵便をもって右背信行為を理由に本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

6  本件土地の賃料および本件一の土地の昭和四四年一月二八日以降の賃料相当額は一ヵ月金二、一八〇円である。

7  右の次第により、原告は被告に対し、本件建物の収去本件一の土地の明渡し、および昭和四四年一月一日以降右明渡済まで一ヵ月金二、一八〇円の割合による金員(前記解除までは賃料、解除後は賃料相当損害金)の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、3、5の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

三  抗弁

1  被告は昭和三二年原告の承認を得て被告の実兄訴外石川繁松より本件土地の賃借権を譲受けたものであるところ昭和二二年頃当時の借地人たる右石川繁松が原告の代理人たる差配安武某を介し原告の承諾を得て訴外佐藤米作に対して本件二の土地を転貸したものである。

2  仮に右主張が認められないとしても、原告の解除権の行使は許されない。すなわち、

(一) 本件土地は、当時戦災のため暫く空地になっていたところ、原告の差配安武の知人森某から、立退き先に困っていた佐藤米作に借地の一部譲渡方懇請があり、原告の了解は佐藤から取るとのことで、やむなく石川繁松が佐藤に転貸したものである。

(二) しかして兄繁松に代って事実上本件土地を使用管理していた被告は、本件土地の一部転貸後集金にきた右安武にその賃料の支払方を尋ねたところ、「佐藤の地代は貴方で取立て、地主には従来通り貴方で払うよう。」指示され、その後も全借地分の地代を繁松名義で原告に支払ってきた。

(三) 右のごとき事情と経緯を経てなされた前賃借人繁松の本件土地の一部転貸は、たとえ原告に無断でなされたとしても、原告に対する背信行為ではないばかりでなく少くとも被告の背信行為でないことは明らかであるから之を理由に原告が本件賃貸借契約を解除することは許されない。

3  仮に右1、2の主張が認められないとしても、本件転貸のなされたのは昭和二二年であるところ、原告が被告に対しこれを理由に契約解除の意思表示をしたのは昭和四四年一月二七日で、その間二〇年以上を経過しているから解除権そのものが既に時効によって消滅しており、被告は昭和四四年九月一三日の本件口頭弁論期日において右時効を援用した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1中被告が昭和三二年石川繁松より本件土地の賃借権を譲受けたとの点は認めるがその余は否認する。被告主張の安武は賃借権の譲渡、転貸などについて承諾を与える権限を有した者ではない。

2  同2、3は争う。転貸を理由とする解除権は、契約違反の転貸が存在する限り、これに伴って存続すると解すべきである。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因1、3の事実は当事者間に争いがない。

被告は、本件土地の賃借権を譲り受ける前である昭和二二年ころに前賃借人石川繁松が佐藤米作に本件二の土地を転貸したのであって、被告が転貸したのではないと争うが、賃借権の譲渡を受けて転借人から地代を受領し転貸人の地位も承継している以上、転貸借契約関係に関する賃借人としての賃貸人に対する義務(承諾を求める義務、承諾を得られない場合には転借人に賃借地を使用させてはならない義務)も承継し自己が当初の転貸人でないことを理由に賃貸人に対する義務を免れうるものではない。

二  抗弁1について

被告が昭和三二年石川繁松から本件土地の賃借権を譲受けたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第六号証証人石川繁松の証言によれば、昭和二二年一一月ごろ当時の賃借人石川繁松が佐藤米作に本件二の土地を転貸したことを認めることができる。しかし、原告が直接または第三者を介し、石川繁松または被告に対して、右転貸借を承諾した事実を認めうる証拠はない。証人荒沢勲の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告が右転貸借の事実を知ったのは昭和四四年一月のことと認められるのである。

もっとも、証人石川繁松の証言、被告本人尋問の結果中には、右転貸当時本件土地の地代の集金に来ていた訴外安武某が転貸を了承していたとする部分があるが、たとえそのような事実があったとしても、安武に本件土地転貸について承諾する代理権が与えられていたことを認めうる証拠はなく、かえって証人田畑善蔵の証言、原告本人尋問の結果によれば、右安武は単なる地代の集金人で、それ以上何らの代理権も有していなかったことが認められるから、もとより原告の承諾を得たことにはならない。

したがって抗弁1は理由がない。

三  抗弁2について

仮りに転貸借の事情が被告主張どおりであったとしても、安武は単なる集金人に過ぎないのであるから、賃貸人である原告の承諾が果して得られたかどうか確認することなく漫然転貸借関係を続けたことは賃借人の義務を尽くしたものとはいい難く、右転貸が背信行為と認めるに足りない場合に当るとは認められない。

したがって抗弁2も理由がない。

四  抗弁3について

佐藤米作に対する転貸が昭和二二年一一月ごろからなされて来たことは、前示のとおりである。

被告は、無断転貸を理由とする解除権の消滅時効の起算点は転貸借契約の始期である旨主張するのであるが、無断転貸という債務不履行の事実は、第三者が賃借物の全部または一部の使用収益を続けている限り、不断に発生していると考えられるから、そのことを理由とする解除権もそれに伴って不断に発生しているものと解するのが相当である。その意味では賃貸人が転貸の事実を知った時期は問題とならず、黙示の承諾の有無判定の資料となりうるに過ぎない。

本件においては、原告が被告に対して契約解除の意思表示をした当時、佐藤に対する転貸借は継続していたのであるから、右解除権は時効により消滅することはなかったわけである。

したがって抗弁3も理由がない。

五  成立に争いのない乙第二号証によれば、昭和四三年以降の本件土地の賃料は月額金三、六〇〇円と認められ、右事実に成立に争いのない甲第三号証、証人荒沢勲の証言を綜合すれば本件一の土地の昭和四四年一月二八日以降の賃料相当損害金は月額金二、一八〇円を下らないものと認められる。

六  結局原被告間の本件土地賃貸借契約は昭和四四年一月二七日をもって終了したこととなるので、被告は原告に対し、本件建物を収去して本件一の土地を明渡すと共に、昭和四四年一月一日以降同月二七日までは賃料、同月二八日以降は損害金として、一か月金二、一八〇円の割合による金員を支払う義務がある。

よって、その余の原告の主張について判断するまでもなく、原告の請求を正当と認めてこれを認容し、民訴法八九条、一九六条に従って、主文のとおり判決する。

(裁判官 堀口武彦)

〈以下省略〉

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